フーテンの科学寅さんの第2ブログです。
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フーテンの科学寅さんのヒミツの予定表です。
 a_ilst003.gifでも、優先順位は、科学実験教室ができることですから、ご相談ください。
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--.--.--.--

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2009.07.27.Mon

子ども達が、自分の力で前に進んでいくために、

どうしても必要なパワー。それは、どん欲な好奇心です。

これは、先天的な能力でしょうか?

いや、少なくとも、ある人の好奇心と発見への熱意が、

周囲の者に与える影響力は、間違いなくあるのですから、

教育界が、特に、教師がこの影響力を真剣にとらえるべきでしょう。



この影響力は、大人同士でも、もちろんありますが、

特に学生と教師の関係において大きいものです。



ネットが発達した情報化社会において、

単に受験情報だけなら、人間は要らないのです。

なぜ、生身の人間が必要なのでしょう。

それは、子どもの生き方の見本としてだからでしょう。



この様々な楽しさに満ちている社会の中で、

「学び」の素晴らしさ、魅力を体感させること、

魅力を感じる能力が

子どもたち自身の中に存在すること

これに気付かせることこそ、

教師の仕事であることはいうまでも無いことでしょう。



でも、どうやって気付かせるの?

そう、それはもちろん、

教師自身がサンプルとなってなのです。

説教して、好奇心なんて、湧くもんじゃありません。



子どもたちの「学ぶことに対する欲求」は

「学ぶことへの欲求」を現に生きている教師からしか学ぶことができないでしょう。



なぜなら、好奇心は、理知的な意識の働きと言うよりは

潜在意識の発露だからではないでしょうか。

理屈ではなく、感情そのものを、魂そのもを

潜在意識に織り込むのに、身近で、サンプルの人に接することほど

効果的なことはありません。



もし、子どもたちに学びを動機づけたいと望むのなら、

教師自身が、意欲の塊になり続けているべきです。

教師自身がつねにいきいきと好奇心にあふれ、

さまざまな謎に惹きつけられ、

絶えず仮説を立て、実験し、

自分の世界観を書き換えていくプロセスに熱中していること。



情熱は伝わるものです。



それに反して、教師の存在意義を、子どもを叱るため、

子どもを評価するため、と思っている人が何と多いのでしょう。



まず、教師や親が、自分自身を、

ポジティブな考え方を持てる自分に作り変えていくことです。

子どもにあれこれ言うのは、その後です。

(本当にポジティブになれば、子どもにアレコレ言わないものです。)

自分を心の底から、肯定するのです。

自分を肯定できない人が、

子どもを肯定できるはずがありません。

でしょ?



良いことには、素直に反応し、目いっぱい味わい尽くす。

悪いことには、本来の自分とは関係ない、と

その教訓だけ成長の糧にして、自分と切り離す。

これで、いつも、機嫌良く暮らせます。ワッハッハ。



そして、素晴らしい未来の姿のリハーサルを

心の中でし続けること。

それを継続すること。



結局、人間が人間にできる教育とは、

潜在意識に「意識的に」働きかけることしかないのかもしれません。



人間は、人からあーだ、こーだ、と言われても

その指示で変わることなんて、無いからです。

自分の胸に手をあてて、誰かの説教で人生が変わったなんて、ありました?



テストの点数は、テクニックの解説で上げることができるかもしれませんが、

自力で成長する力っていうのは、

直接教えることはできない、と割り切ったらどうでしょう。



我々にできるのは、サンプルとしての存在になり、

その存在感が、彼や彼女の潜在意識に入って、

彼らの潜在意識が徐々に変化していくことを祈るのみです。



でも、それに成功したとき、

子どもたちは、何も教えないのに、

勝手に、「先生にいっぱい教えられた」と感謝するものです。



自分のことを振り返って、(たいへん面映ゆいのですが)

実験をしている時の、相澤先生の表情がとても良い、という

感想をいただきます。

もし、私の実験教室が影響力があるとしたら、

そのパワーは、私の実験内容そのものよりも、

私の楽しくて仕方がないという表情の方に要因があるのかもしれません。



この方面の研究は、もっともっとしていきたいと思っています。

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2009.07.23.Thu

子どもたちに限らずですが、

人が変化・成長するってことは、

結局、セルフイメージを成長・変化させるってことです。



そのための、簡単な対策は、
いずれも、よく言われていることですが

1. 「目標を明確に」
     どう変わりたいか、をはっきりさせないと
     作戦の立てようがありません。

2. 「補強」
     何か良いことができたら、
     これこそ、私にふさわしいと思い、
     十二分に味わい尽くすこと。
     何度も思い出すこと。
  
   反対に、イヤなこと、うまくいかなかったことは、
     私にふさわしくない、と思い、全部忘れること。

3. 「リハーサル」
     自分の夢を実現させた状態を、リハーサルすること

     私なら、私の実験教室で、参加者が目をキラキラさせて、
     ワクワク・どきどきしている様子、「オーッ」という歓声を
     ありありとイメージすることです。

4. 「継続」
     継続して続けること。
     継続して変化の力を与えることによって、
     ほんのちょっとの想念の力の人も、
     大きな大きなパワーを創ることができます。

5. 「人のために動く」
     ミラー現象ですね。 
     人に良いイメージをプレゼントすれば、
     自分もよいイメージを与えられます。


子どもの動きや発言には、
必ずセルフイメージからの理由があります。

不可解な動きをすることがあって、
怒ってしまうこともあると思いますが、
必ず、そうせざるをえないメカニズムがあると思って
見つめなおしてみましょう。

その子のセルフイメージの世界が見えてきます。
そして、じっくり、あせらずに、成長を促しましょう。


教育は、イメージの戦いだとも、言えますね。



    


2009.07.23.Thu

たいへんご無沙汰をしたしました。
再び、好奇心魔法学校を書き続けていきたいと思います。

こちらのブログは、フーテンの科学寅さんの楽天日記の
学術?バージョンだと思ってください。

仮説実験授業では、「はずれる喜び」というのを大切にしています。

今も、PTAの役員さんと打ち合わせしてきたのですが、

思いっきり、お父さんお母さんが、間違って欲しいと思います。

そして、間違う楽しさ、はずれる喜びを体感して欲しい。



そうじゃなくちゃ、子どもに、

「間違って良かったね」

と、心から言えないから。

人はどんなときに楽しいと思うのでしょうか。

人が感じる楽しさとか、面白さというのはどんなことなのでしょうか。

楽しいと思うことを続けながら、

人生を充実させていくにはどうすれば良いのでしょうか。



ゲームをしているとき、

遊んでいるとき

とても楽しく、面白いのはなぜでしょう?


楽しいと思うのは、いつも勝つからでしょうか?

いや、そうじゃなくて、勝つか負けるかわからないからですね。

だから、みんなで熱中してやれるのです。



ゲームは、勝ってばかりでもつまらないし、

もちろん、負けてばかりではつまらないです。


ゲームや遊びで楽しく熱中できるためには、

どうなるかわからないというワクワク、ドキドキ感が大切です。



そのハラハラ・ドキドキの中で、

自分が少しずつレベルアップしているんだ、となれば、

もっともっと楽しくなります。



特に、科学実験の場合は、

世界を見るための新しい視点を獲得できるんですから、

今まで、知らなかった世界が、だんだんと見えてくるようになるのです。

魔法や、資金力で、変な世界へ連れていかれるのとは違います。


今まで、なにげなく使っていた、日常用具を通して、

自然の法則性を知るのです。





人間の知的好奇心というのは、強力です。

知りたい気持ちが人を動かします。

人は、あまのじゃくで、何かを押し付けられると

やる気が急になくなります。



しかし、よく、子どもにやる手ですが、

チラっとだけ見せて、サッと目の前から取上げて隠してしまうと、

途端に、それを知りたい! 欲しい! 教えて!

になります。

でも、謎がすぐ解けてしまっては、興味も無くなります。

興味・関心を持ち続けてもらうには、

謎が、あり続けなければならないのです。



答えは、すぐに見つかってしまってはいけないのです。

関心を持ち続けさせるためには、答えはスグには見つからず、

さらに面白そうなことが出てくることが大切です。


新しいこと、謎めいたことがまるで物語のように次々と沸き起こる授業こそが

私の目標です。

それでこそ、子どもは興味を持ち続けることができるのだと思います。








2008.06.09.Mon

しばらく、お休みをしてしまい、申し訳ありません。
明日から、科学実験教室が続きます。
実験に添えて、お母さん方に伝えたいことです。
(箇条書きなのをお許しください。)
(異論・反論いっぱいあると思います。大歓迎いたします。)

子どもたちの学習意欲の低下が叫ばれています。
しかし、子どもたちは、人に言われて、学習意欲を湧かすことはありません。
そこで大人は、アメとムチを使いますが、それは、後で大きな後遺症を残します。
かえって学習意欲を根っこから殺してしまうでしょう。

子どもが目を輝かせて取り組んでいる姿を見たことがあるでしょう。
切り口を変えれば、多くの課題が、ワクワク・ドキドキになります。
アートやスポーツに熱中する目も、科学や学問を楽しむ目も、根っこは同じです。

まず、大人が常識を変えてください。

○ 学習や研究が、ゲームよりも、「楽しい」ことを大人が体験し、実感してください。
  大人が楽しそうにしていることには、必ず子どもは、食いついてきます。
   ただし、学習が楽しくなるには条件があります。それは「自由」です。
    ・ 発言・発想の自由があること。(これが日本の社会に欠けています。)
    ・ やりたいことだけやれること。学びたくないことは学ばない自由があること。

○ 程度が低いから落ちこぼれる!  やさしい問題ばかり与えるから、やる気が起きないのです。
  もっと、ワクワク・ドキドキの「こういう勉強をしたかった!」という
  現代人にとって歯ごたえのある問題を与えてやってください。
  たとえ、今、子どもが理解できなくても、楽しいことにトライした、という記憶だけ  でいいのです。次につながっていきます。

○ うんと基礎的なことは、先生たちも知らない。
  大人がみんな答えを知っている必要はありません。
  お父さん・お母さん・そして先生までが、「わからない」ということをアピールし
  一緒に謎に挑戦してみましょう。
  本当の学力をもっている人こそ、知らないことがいっぱいなのです。
  実は、現代の最先端科学でも、わからないことだらけなのです。
  本当の基礎の基礎さえ、わかっていません。
  だから、この世のことは、わかっているというスタンスは、百害あって一利無しです。

○ ヒネクレ者がいなければ進歩は止まる。
  ヒネクレた質問や、会話を面白がる、おおらかな雰囲気をつくりましょう。

○ 「間違えるから楽しい」  間違えることを楽しみましょう。自分のアタマを働かせるからこそ、間違えるのです。
  間違えたら、ほめてやりましょう。ロボットは間違えません。
  ちょっとやそっと、教えても、子どもの「主体性」は簡単にはつぶせません。
  すぐに言うことをきかない、子どもの「主体性」をほめてやりましょう。
  教えてはいけません。子どもに判断させ、実験や検証をさせましょう。
  教えたって、身につきません。

○ 「難しいことと、易しいこと、どちらを先に教えるか」
  多くの場合、最初に、刺激的で難しい問題にあたった方が、やる気が湧きます。
  わかりやすい問題をやっても、自信はつきません。
  従来の易しいことから難易度を上げるカリキュラムは、人間のやる気の原則に反して  います。

○ 興味(好奇心)がなければ認識できない。
  好奇心はどんなときに起こるでしょう。
  認識のズレを発見し、「いづい」状態のときです。謎があるからこそ、好奇心が生ま  れるのです。
  この好奇心が無ければ、見れども見えずの状態になります。
  学力とは、いかに多くの好奇心=「謎」をもつか、です。
  わからないことバンザイです。

○ 簡単に分からせる教育は、子どもの好奇心を殺し、学力を殺します。
  問題のなげかけ方によって、謎もいっぱい湧いてくるのです。
  興味も湧いてくるのです。    
「ありのままの観察」はありえない。認識のバイアスがかかっています。
  謎を呼び起こすバイアスをかけてやりましょう。
 
○ 教科書を読んで、「わかる」方がおかしいのです。 
  教科書の記述も論理の穴がいっぱいなのです。
  簡単に納得しない子を育てましょう。
  「みんながわかっても、ボクだけは、わからない」子こそ、日本の明日を支えます。


2008.05.21.Wed

昨日に続いて、自分の(特に教師の)科学観をチェックする問題です。

これらの問題は、、仮説実験授業―授業書ばねと力によるその具体化
(板倉聖宣)の「教師の科学教育観の実態」
からの抜粋引用、編集です。


<問題2>

2つの入れ物の中に、水が50ccずつ入っています。

この水を合わせると、その体積はどれだけになるでしょう?



こういう問題を出したところ、子ども達は、みんな正しく
100ccになると答え、実験の結果もその通りになりました。

そこで、先生は、また、
「この実験からどういうことが分かったでしょうか?」

とみんなに聞きました。

すると、これまた、次のようにいろいろの答えがでてきました。
このうち、一番良いと思うものに、◎
これでも良いと思うものに ○
これはいけないと思うものに ×
をつけ、このほかに、もっとよい答えがあると思ったら
オの「      」の中に書き加えてください。


ア: 「水50ccと水50ccを加えると、100ccになる」というこが分かった。
イ: 「二つの入れ物に入った水を加えると、もとの水の体積を加えたものになる。」
   ということが分かった。
ウ: 「2つの入れ物に入った液体を加えると、もとの液体の体積を加えたものになる」
   ということが分かった。
エ: 「どんなものでも、2つのものを加えると、もとのものの体積を加えたものになる」
   ということが分かった。
オ: 「       」


以上です。



<解説>

読んでいただければわかるように
先日の、問題1の答え アと、今日の問題2の アは
実験結果そのものを表現したものです。

それに対し、問題1の イ、そして問題2の ウやエは、
その実験結果をぐっと広く一般化して答えたものです。

そして、問題1の ウ、 問題2の イは、
それらの中間的な答えです。



問題の解釈には、3つのタイプがありえることが分かります。

一つは、
その実験事実を(正しい限り)できるだけ一般化して
答えるべきであって、
実験事実そのものを答えるべきでない、という考え。

これを「一般化型」と呼ぶことにします。
この考えの先生は、問題1で言えば、イに◎、アに×をつけるでしょう。



二つ目は、
しかし、それとは、正反対に、
ただ1つの実験事実だけからそれを一般化して

「どんなものでも・・・・・・」とするのは
実験事実を重んじない考え方であると考え、
「科学教育ではできるだけ経験事実をこえて
独断におちいらないように、
実験事実に即した考え方を指導するのが正しい。」

とする考えです。
この考えを「経験主義型」と呼んでみます。
このタイプの先生なら、イに×、アに◎となります。



しかし、また、上のような考え方は、どちらも極端なものだと考え、
「実験事実をみたら、それを一度に一般化すると
あやまりに陥ることがあることに警戒させると共に、
実験結果を適度に一般化させるように指導しなければならない。」
という考える先生もいらっしゃるでしょう。
ウに◎をつけ、他を○、か、×をつけて答えた先生です。
「中庸型」とでも申しましょうか。


実は、これらは、
その人の科学観・教育観と深くかかわってくるのです。

さらに、タイプを分けると
「これはいけない考えだ」といずれかに ×をつけた先生を
「厳格型」
どれにも×をつけなかった人を「寛容型」
中間で迷ってしまって、無記入の「躊躇型」

という分け方もあります。


さらに、さらに、上記のどれにも属さない、独自に考えもあります。
これを「中立型」とよんでみます。

それを先ほどの、「経験主義型」「一般化型」「中庸型」
とでマトリックスを組むと、面白い事実が見えてきます。

何と、どの学校でも、
わずかな先生の数なのに、
ほとんどあらゆるタイプの科学観・教育観の持ち主がみられるということが
調査からわかっています。


ふつう、一般化型を多いようですが、
その半数近くは、経験主義型をとるようです。

また、厳格型も多いのですが、
これまたその半数近くが、寛容型をとります。


このように、今日の先生の科学観や教育観は、
まったくマチマチだというのが実態なのです。


つまり、このことは、子どもたちが、
どの教師に学ぶかによって、
全く正反対の教育方針によって教育されるということを
示しています。

あるクラスの子どもは、アのように答えて、ほめられ
他のクラスでは、同じ答えに、×をつけられるのです。



では、どう考えるのが、科学教育では適当なのでしょうか?
筆者の板倉聖宣先生は、どう考えておられるのでしょうか?

明日に続きます。


2008.05.20.Tue

理科の実験をした後で、ふつうは、
くどくどと、解説や講義が続きます。

これは、あまりに当たり前すぎて、
疑問のかけらも、無いように思う方が多いと思われます。


しかし、これが、理科離れの原因の大きな部分だったとしたら
どうでしょうか?

従来の授業方法が、いかに「おしつけ」であり、
おしつけ教育観に基づくものであるのか、
気づく良い素材があります。


ここに、教師の科学観・教育観をチェックするのに、
面白い、問題があります。

トライしてみませんか?


<問題1>

ここに、赤い積み木と黄色い積み木があります。
赤い積み木の重さは、100g。
黄色い積み木の重さは、50gあります。

そこで、赤い積み木の上に、黄色い積み木を
積み重ねて、
計りに載せたら、何グラムになるでしょう?

もちろん、150gですね。

そこで、この実験を子どもたちにさせたあとで、
先生が
「この実験の結果から、どういうことがわかるか、
ノートに書いてごらん」

と言って、一人一人に発表させました。

以下は、その代表例です。

この答えのうち、一番良いと思うものに、◎
これでも良いと思うものに、○
これではいけないと思うものに、×
をつけてください。

このほかに、もっとよい答えがあると思ったら
エの「    」の中に、書いてください。


ア: 先生が赤い積み木の上に黄色い積み木をのせたら
   150gになった。
イ: 「どんなものでも、2つのものをあわせたものの重さは、
   もとのものの重さを足したものになる」
   ということが分かった。
ウ:「積み木と積み木をかさねて重さをはかると、
  2つの積み木の重さを加えたものになる」
  ということがわかった。
エ:「           」


以上です。

第二問は、明日。

あくまでも、これは、自分の教育観をみつめることが目的です。
明日以降の問題も、答え自体は、ばからしいくらいのことです。

私の今日の第一ブログ「科学はイタズラだっちゃ」にも書きましたが
こどもをみるまなざしのおそろしさ
教師は意識する必要があるでしょう。

次回に、第二問と合わせて、この問題の「解説」も書きます。
ぜひ、ご覧になってください。



ところで、話は変わりますが、自立学習を支援する教材を見つけました。

自宅学習教材の決定版と言えると思います。

(寅さんのやり方とは、ちょっと違いますが
ノーマルな正攻法だと思います。)


「塾に通わせても、家庭教師をつけても成績は上がりません。」
と、現役プロ家庭教師のYuki先生が言っています。

塾や家庭教師は成績アップのための「手段」にすぎないのにもかかわらず、
塾探しや家庭教師探しに必死になっている保護者の方が多すぎるそうです。

成績UPの本質は「自宅学習」。

その証拠に、Yuki先生は中学時代、自宅学習のみでオール5を達成したそうです。
ほんとですよ、このサイトにオール5の通知表が掲載されています。


    今すぐチェック
   ↓ ↓ ↓
 






今回、Yuki先生が自宅学習用の教材をまとめたのですが、
今までの教材とは一味違います。

なんと、マニュアルだけではなく、
動画で直接、勉強のようすを見せてくれます。

それはつまり、あなたとお子さんが、
勉強の具体的な動きを実際に目撃できるということです。

それを真似するだけで、次のテストから結果に反映されるとしたら、
一度見てみたくないですか?



 






6月15日まで先行販売をやっていますので、
早めに手に入れて、次のテストに備えた方がいいと思います。



この教材の理念は、子供の勉強における「自立の支援」です。
いま、自分ひとりで勉強できない子が本当に多いです。

塾に通ってもやりっぱなしだから成績が伸びない。
家庭教師をつけてもその時だけしか勉強しないから成績が伸びない。

そして中学生の保護者の方も、
塾にしたらいいのか・・家庭教師にしたらいいのか・・・

と、「手段」に翻弄されてしまい、
「自主学習」という本質を見失っています。

自分の手を動かしてノートに「書き」、
自分の頭を使って「考える」ことをしない限り成績は伸びない。

つまり、最終的には自分で主体的に勉強に取り組み、
自ら考えることをしていかないと、

勉強ができないとか、高校受験で落ちるとか、
そういう小さな話ではなく、

自分の力で人生を切り開くことが出来ないのではないかと
本気で心配しています。

何の知識も無く、自分で考え・判断することすらできない。
これではつらいですよね。

中学を卒業し、
高校生になってからでは手遅れだと個人的には思っています。

いま勉強に悩んでいる中学生たちも、
初めから勉強嫌いだったわけではないと思うんです。

いつからか勉強ができなくなり、気付けば自分ひとりではどうにもならない
という状況になってしまい、失敗の積み重ね。

でも心の奥底では、

「勉強できるようになりたい。」という気持ちが少なからずあるはずです。

それなのに、現実問題として、どうやって勉強していけばいいのか
わからないから身動きがとれない、

前進できない、という生徒があまりにも多いのです。

ですから、彼らのために、今回勉強の仕方を体系的にまとめました。

この教材の肝は、2時間49分にも及ぶ動画です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この中で語られていることを1つでも取り入れてくれれば、
次の定期テストからさっそく成果に表れると思っています。

全国の勉強に悩んでいる中学生、
そしてその保護者の方たちの手助けにも、

ぜひ、一度ご覧になってみてください。






 


2008.05.16.Fri

先生が、生徒に、
「積極的に発言をしなさい。」
と指導します。

すると生徒は、
「そうだな、積極的に発言することが人生で大切なんだな。」
と、学ぶでしょうか?


中には、そのように、素直に受け取る子もいるかもしれません。
しかし、ほとんどの子は、逆の学びをします。

「思いつき発言をすれば恥をかく。」
「自由に発言をしても得にはならない。」
「積極的に発言しろという大人のには、裏があるものだ。」

などでしょう。

これらは、言葉の字面ではなく、
日常の先生の態度や表情から、強く感じて受け取るものです。

または、否定はしないけれど、
発言することによって、おもしろくなった経験が無いこと
ドキドキ・ワクワクする経験をしないこと
などの消極的な体験が、
子どもの積極性や考える力をを
まっすぐに伸ばしていないことがしばしばです。


それらは、あえて言えば「マイナスの学び」なのです。


子どもたちは、大人がこういうことを学んで欲しいと、
期待している内容以外に
様々なメッセージを、環境から受け取っています。


先生がしゃべる言葉の意味を、
「表の教え」とすれば
言葉を使わない、無意識に近い形で
子どもたちに送られるメッセージは
「裏のメッセージ」「隠れた教え」と言えるでしょう。


これは、先生の行動だけでなく
教室の机の配置や、展示物の内容、スタイルなども
みんな声なき声を出しているのです。


たとえば、生徒が間違った発言をしたとき、
どんな顔つきを、教師がするのか。
これ自体が生徒にとっては、重要なメッセージになります。


また、どんな声で話すのか、
情熱的に話すのか、
淡々と話すのか、
面倒くさそうに話すのか、
冗談をたくさん言うか、

どういうときに、ほめ、
どういうときに叱るのか、
生徒が脱線したとき、どう受け止めるのか、

教師がいつも正解を教えているのか
生徒に発見させるようにしているのか、

黒板の前だけで授業をするのか
生徒の中に入って授業をするのか


これだけでも、実に多くの違ったメッセージを
生徒に与えているわけです。


そして、生徒は、これらに実に敏感です。
このメッセージに共感したり、反発したりしながら、
生徒は自分の行動を決定しているのです。



そして、しばしば、表と裏のメッセージは異なります。
それが、教師不信に陥らせます。

たとえば、ふだん生徒に決定権を与えないで
教師主導でことを進めている先生が
「民主主義とは、・・・・・・P.」と教えた場合
子どもは、一体、何を学ぶのでしょう。

逆に、「民主主義」という言葉をいっさい教えなくても
授業で疑問をもった子どもがいrたら、
その疑問を徹底的に大事にして、みんなで納得するまで追求するとか
座席は生徒が決めるのが本当だと、
小学校1年から、座席をみんなで決めるような教室運営をしている場合
生徒たちは、何を学ぶでしょう。


また、権威主義的教育をしている教師
人権について教える場合、
子どもは何を学ぶでしょう。


科学というのは、自発的な自分のアタマで考える探求の仕方だよ
と説明しながら、
授業では、一方的・暗記的な教え方をしている場合、
子どもたちは、何を学ぶでしょう。


これまで、授業研究と言うと、
教科内容、すなわち、表のメッセージの研究に終始していたように
思います。

しかし、この隠れた教えの方が、実は、子どもの学習態度や
考える力に直接結びついているのですから
この裏の研究にもっともっと力を注ぐべきだと思うのです。

少なくとも、今、自分は何を発信しているのか、
自覚しようと努力したいものです。
(でも、なかなか、自分では自分のメッセージに気づけないものですが)


2008.05.14.Wed

先日書いた、ごまかし勉強では、
直近のテストで高い点数を取ることのみに、関心をもちます。

ですから、テストの出ることが予想される内容のみを暗記しようとします。

得点に結びつかないムダなことは、
できるだけ、タッチしないように、という姿勢になります。

まず、教材は教科書の範囲に限定されます。

辞書や辞典、資料集、参考書、読み物などのように、
興味関心に応じて、教材を広げることはしません。

揃える参考書も、解説の一切ない要点集が好まれます。


さらに、その内容も、
他の単元との関連や、他の分野との関連、
因果関係、用語の意味、背景、
日常生活への応用、他の解決法、
類似の探索など、
余計なことは、できるだけ関心をもたないように努めさせます。

いわゆる「思考の経済化」とでも言うのでしょうか。

でも、これも、自分が戦略的に考えて、重要度をつけたのか、
他人のアタマで絞り込まれたものを、
鵜呑みにしているのかで、さらに、意味合いが違います。

とにかく、自分の判断を通さずに、限定するのが、
ごまかし勉強の特徴です。

だから、暗記材料も、自分で作ろうとしません。
先生か、出版社が作ったものを、そのまま使うことになります。



それに対し、本当の学習は、これも、教科書からスタートするにしても、
教科書は、発展させるための、必要最低限の記述だと考えます。

だから、教科書をすべて読んで理解するのは当然で、
さらに、自分なりに意味を考えたり、
日常での応用を考えたりします。
範囲の発展拡大が行われるのです。

ごまかし勉強では、学習エネルギーを減らそう、減らそうと
努めるのに対し、
本当の勉強では、心を込めようというエネルギーが働くのです。
当然、自然に範囲が広がります。


そもそも、学習は、知的好奇心を満足させ、
考える力をつけ、日常に役立てるためにするものです。

テストは、単なる学習の結果の測定に過ぎないのです。


これらの意味で、「総合的な学習の時間」が導入されたのですが、
これは、学習範囲の拡大を目指す、正統派の学習に戻そうという
目的であったことは、間違いありません。


どんなに良い形を作っても、魂が入っていなければ、
むなしいものだったということでしょう。


2008.05.11.Sun

血中の総コレステロール値が低い人は
死亡リスクが高いことが、
浜崎智仁富山大教授、大櫛陽一東海大教授らの研究で分かったそうです。

特に男性の場合、総コレステロール値が高いほど
リスクが低くなる傾向がみられたのです。

大櫛教授らの別の疫学調査では、
「悪玉」とされるLDLコレステロールでも同様の傾向がみられたそうです。

浜崎教授は「コレステロールを悪者にする説はもともと米国から来たもの。
米国は心臓疾患や肥満が多く、体質が違う。
不必要な人まで薬物治療の対象になる」と懸念しているというもの。

だとすると、今までのコレステロールをめぐる努力は、
一体何だったのか?

この報道も含めて、冷静に、マスコミは、取り上げて欲しいものだと思います。
 
水はなんにも知らないよ水はなんにも知らないよ
(2007/02/25)
左巻 健男

商品詳細を見る



という本があります。

 著者は、水に「ありがとう」という文字を見せて凍らせると美しい結晶ができ、
「ばかやろう」という文字を見せると汚い結晶しかできないと主張する説
すなわち『水からの伝言』に
批判の声を発した有志の一人。

本書の前半は、その「水伝」(波動水)をはじめ、
磁化水・πウオーター・トルマリン水・クラスターの小さい水など、
いかがわしい「水商売」の宣伝がニセ科学であることを明らかにし、
後半は人体と水・水道水・ペットボトルの水など、
身近な水に関して誤解を解きつつやさしく説いています。


成人の科学知識が経済先進国では最低レベルの日本。
オカルト系ニューエイジに親和性が強く、
その弊害に鈍感なわが国には「必要とされる好著」かもしれません。
  

超音波で蚊よけ、マイナスイオンで燃費向上など、効果に科学的な裏付けがあるように見せかける「ニセ科学」商品が、昨年度は、56件排除命令を出されました。

科学のようで科学でない。
そんな話が、世の中にあふれています。
ニセ科学とは何か。
この問いは、「科学の本質とは何か」を探ることでもあります。


科学は、永遠に進行中の作業です。
したがって、科学的な真理は、つねに暫定的でしかありません。

特に、新しい非常識な考えが正しいかどうかを判定する確かな方法はない
と言っていいのです。

ただし、自問すべきいくつかの問いはあり、
より見込みのありそうな考えをふるいにかけるのに、役立ちます。


でも、あるものは、まったく検証不可能であったり、
「間違いであることを証明できないもの」だったりします。

そして、検証可能な奇妙な考えの、
その圧倒的多数は、単純に間違っています。
偉大で、革命的なブレイクスルーをもたらす画期的な理論一つに対して
何千というトンデモ科学が、存在しています。

残念ながら、
ある新しい考えが、どちらの部類に入るのかを決定できるのは
歴史をふり返って見たときだけでしょう。



ニセ科学は日本特有の問題ではなく、外国にも、結構あるようです。
ただし、ニセ科学にはお国柄があるのです。

 血液型性格診断はおそらく日本と韓国ぐらい。
「マイナスイオン」はアメリカではとっくに廃れてしまい、
現時点で広く信じられているのは日本だけ。
「ゲーム脳」は完全に日本独自のものです。
逆に「水からの伝言」は、日本から世界に広まりつつあります。

アメリカで最も深刻なのは、キリスト教右派による「反進化論」です。
教育現場への浸透が問題になっています。


なぜ人はニセ科学にだまされるのでしょう。
インターネットや科学を装ったテレビ番組の影響や
しつけや道徳との親和性の高さ
また、相関関係と因果関係の混同
思考のプロセスを重視しない風潮
などでしょうか。
 
ニセ科学が横行する背景には、漫然と広がる不安感があるのかもしれません。
不安材料に事欠かない世の中。
「これをしておけば一応、ダイジョーブだろう」的な、
緩い安心感を求めて、人はニセ科学に群がるのではないでしょうか。

信じることでプラス効果があるなら、
「信じる人の勝手」と放任しておけばいいでしょうが、
人に強要したり教育に使われたりしてはたまりません。

漠然とした不安は
スピリチュアルにはまっちゃう理由でもあります。
本物の科学の楽しさを知ってもらいたいものです。
ニセ科学よりも絶対に楽しいですから。

でも、「うさんくさい話」は、なぜか、興味をそそります。
「水からの伝言」も、科学的にまるっきり否定して、
ブラックホール送りにしてしまうには、もったいない感じがします。

昔、お盆のころに、お寺の和尚さんから得々と語られた
「地獄話」のように、
上手に使う知性と常識があれば、
別に目くじらをたてる必要もないのかも。

ただし、学校の道徳教材っていうのはヤバイでしょう。
「だからきれいな言葉を使おう」と指導する
生活科や道徳の授業が
教育現場に一時広がりました。


怪しい話は深夜の怪しい番組でやるのが、「健全な」楽しみ方でしょう。
うさんくさい話をみんなが笑い飛ばせる社会になるといいですね。



 【参考文献】

人はなぜ騙されるのか―非科学を科学する (朝日文庫)人はなぜ騙されるのか―非科学を科学する (朝日文庫)
(1998/11)
安斎 育郎

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なぜ人はニセ科学を信じるのか〈1〉奇妙な論理が蔓延するとき (ハヤカワ文庫NF)なぜ人はニセ科学を信じるのか〈1〉奇妙な論理が蔓延するとき (ハヤカワ文庫NF)
(2003/08)
マイクル シャーマー

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人はなぜエセ科学に騙されるのか〈上〉 (新潮文庫)人はなぜエセ科学に騙されるのか〈上〉 (新潮文庫)
(2000/10)
カール セーガン

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カルト資本主義 (文春文庫)カルト資本主義 (文春文庫)
(2000/06)
斎藤 貴男

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科学 2006年 09月号 [雑誌]科学 2006年 09月号 [雑誌]
(2006/08/29)
不明

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2008.05.10.Sat

マインドコントロールは、以下のような原理を利用しています。

まったく新しい環境に置かれると、
自分の経験よりも、自分が信用できる他の人間が経験したことを
優先して信じるようになります。


環境が変わった瞬間は、
人間はあらゆる考えを無批判に受け入れます。

そのうち、新しい世界の知識が積み重なっていくと、
すでに信じているものと、
新たに学んだこととの間に衝突が生じるようになります。

この時点ではじめて、人間は他人の言うことに対して、
懐疑的に考えるようになりますが、
カルトは教義に対する批判がなくなるよう、
巧妙に教育内容を調整します。


カルトの教義は、その世界の中では矛盾がありません。
リーダーに質問をしても、すぐに答えが返ってきます。
カルトのリーダーに答えられないような質問、
過去に別の信者が教義を疑うきっかけになった質問は
"タブー"とされ、それを聞くことは罰せられます。

教育する際は、意識して断定的な表現が使われます。
これには反対意見もある、といった情報は制限されます。

リーダーと信者の力関係は、
常にリーダー優位に調整されます。

不眠や恐怖、といったカルトの古典的な手法は、
リーダーを批判する気力を減らします。


一般的に、人は中間を認められないと、
意志決定を他人に委ねるしかなくなってしまう傾向があります。

権威を持った人に、
「君は米軍基地反対だろ?それを認める政府与党も許せんよな?
だから一緒に政府を打倒しよう!」
などととたたみ込まれると、なかなかNOとはいえないものです。



学校の生徒指導システムと、
カルトのマインドコントロールの手法は、よく似ています。


カルトは、信者以外の人間を敵視、軽視させます。
運動部はもちろん、受験競争でも、
他の病学校の生徒に対抗意識を持つよう、教育されます。

カルトは、教団組織への絶対服従を強制します。
先生やコーチ・監督へのくちごたえは、タブーです。

カルトは、教義に対しての批判的思考を否定します。
新人が上級生への"批判的意見"など行っても、
上級生はいちいち理由を説明しませんし、
生意気だと、干されてしまうのがおちです。

カルトは、これまでの人間関係や人生など、過去との断絶をさせます。
学生が、制服やユニフォームを着た時点で、
一般社会の常識が通用しない、独特の世界が始まります。

カルトは、信者の個性や自主性、プライバシーを否定します。
これも、新入生には与えられないものです。

カルトの世界観は、善と悪、光と闇のように二元論的です。
知識の十分でない上級生による教育は、
しばしば"こうすることが正しい"と断定的になります。

実際には反対意見もあったり、
中間的な立場をとる始動方法は必ずあるものですが、
経験の十分でない上級生はそこまでは教えられません。
これは、指導の先生にも言えます。

こうした傾向は、多かれ少なかれ、すべての学校であるはずです。

どちらかというと、「厳しい学校」「教育熱心な先生のいる学校」ほど、
こうした傾向が強くなります。


しかし、素直で、従順なよい子たちは、
心の中でショックを受けながらも、
早朝トレーニングから、夜の練習、また、補習授業と
寝る暇も惜しんで、自分の生活を無くして頑張ります。

そして、その学校や部活ごとの独特の習慣をマスターすることに
限りない喜びを感じるようになっていくのです。


こんなマインドコントロールせいで、
本当の自分が嫌いになってしまっている人が大勢います。

「今の自分は嫌いだ!」という方、

 なんというか、自分は本当はこんなんじゃないのに
 自分がうまくだせない!って
 歯がゆい自分に腹を立てていませんか?


 そのうえ周りを気にしてばっかりで
 カッコつけてみたり。
 周りを気にしすぎるあまりに、
 自分が無くなっちゃってませんか?

 本当の自分が感じたことを否定したり
 歯がゆい自分を責めてばかりいませんか?


 でも、本当にそんな自分のことが嫌いだったのでしょうか?


 本当の心の底では
 自分のことを大好きなんじゃないかって思います。


 「本当は自分はこうなりたい!」
 「こんなふうに思われたい!」


 そういう思いが強いからこそ、現実とは違う
 今の自分を嫌い!って思っちゃうんですよね。


 そう、心の底では自分が大好きなんです。
 大好きだから現実とのギャップに苦しむんです。

 自分を嫌いなんて言ってたら、益々嫌いになるだけだったんです。
 本当は自分に感謝しなきゃいけないのに...



 嬉しい、楽しい、美味しい、心地よい、気持ちいい、綺麗!などなど
 そんなステキな感覚を感じてくれるのは自分の心だけです。


 いくら人がそれを感じても、自分は感じれないですよね。
 いくら人が「これっ、いいよ!」と言うものでも
 自分はそう感じない場合だってたくさんあります。


 世界でたった一人だけが感じてくれる感覚
 それは自分の心だけ。

 「あ~、なんということでしょう!」
 そんな自分を嫌いだと言ってたなんて。
 自分に感謝しなきゃいけないのにね!


 じゃあ、どうすれば自分のことを大好きになれるのでしょうか?
 実はこれ、自分ではわかっていると思います。
 自分がなりたい自分になればいいんです。


 「自分って最高!!」
 って思える自分になれば
 心から自分が大好き!って言えると思います。


 そんなこと言ったって.....
 ですよね(笑)

 それができれば苦労してないですもんね。
 ではどうすればいいのでしょうか?


 はい、それは練習することです。
 なんでも練習するからうまくなりますよね。
 何も練習しないでうまくなる人っているのでしょうか?


 天才と言われる人ほど練習をしているそうです。
 あのイチロー選手だって、どれだけの練習をしてきたことでしょう。


 なりたい自分になっていないのは
 練習してなかっただけなんですね。
 学校では、そんなこと、教えてくれません。


 だから、自分を好きになる、
 なりたい自分になる練習を、自分でたくさんすることだと思います。


 たまたま練習してないだけですから
 けっして自分がダメ人間じゃないんです。


 「プロ野球選手になりたいのになんでなれないんだー!!」
 って、バットも振ってないくせに言っているようなものです。


 「モデルになりたいのになんでなれないのー!!」
 って、ぐうたら寝転んでばかりで言っているようなものです。


 自分を好きになる練習
 なりたい自分になる練習
 って楽しいものです。


 なぜって?
 過酷なスポーツの練習とは違って
 自分の感情が喜ぶことをすればいいからです。


 まずはカンタンにできることから
 自分を好きになるトレーニングをしてみましょう~



  ◇ご飯を食べて 「美味しい!」

  ◇綺麗なものを見て 「うわ~綺麗だ~!」

  ◇楽しいものを見て 「あ~面白い!」

  ◇心が洗われたような時 「あ~とっても感動!」


 って感じたら自分に感謝してみましょう。
 そう紛れも無く、自分が感じてくれたことなんですから

 感謝しなくっちゃ。

 「感じてくれて、ありがとう自分(^^)」
 それでいいんです。


 自分に感謝していると、それがトレーニングになります。
 自分の本当の心(潜在意識)は
 益々、感謝されたくなり頑張りだします。


 「じゃあ、嫌なことを感じたらどうすればいいの?」
 はい、そんな時は労って励ましてあげればいいんです。


 「こんな嫌な場面に連れてきてしまってごめんね」
 「でもそんな時でもじっと耐えてくれて、ありがとう(^^)」

 それで、いいんです。


 いつも楽しいことを感じてくれる自分です。
 感謝して、励ましてあげましょう。


 「なんか一人芝居みたいで大丈夫ですか?」
 「はい、大丈夫です」
 「誰も聞いていませんから(笑)」


 それは冗談ですが
 自分で思ったことは全て本当の自分の心が聞いています。
 いつでもどこでも聞いています。


 その繰り返しが幼いころからの自分の心をつくり
 感情を育て、行動となっています。


 ですから、自分が自然に心地よいと感じる言葉や
 元気が出る言葉をたくさん言ってあげましょう~♪


 間違っても「はぁ、自分ってしょうもない人間だ~」
 なんて言わないでくださいね。


 ぜ~んぶ自分はそれを忠実に聞いていて
 そう思い込みます。


 以前の私は、自分にそんなことばかり言ってしまってました。
 「ごめんなさい!自分」
 そのかわり今はたくさんいい言葉で自分に恩返ししていますよ~


 毎日のことです。
毎日、自分の栄養になる言葉をたっぷりあげましょう。
 そんなことから始めてみませんか?


 それがきっと自分を輝かせてくれます。
 楽しい、嬉しい、感情がいっぱいいっぱい育ちます。

 こんなふうに自分を好きになる練習をすることが
 自分の内面を磨いていくことになっていきます。

 誰でも自分の嫌いなところがいっぱいあるんです。
 だからこそ、自分を磨くトレーニングが必要ですよね!

 
 本当の意味で自分のことが大好きな人は
 人にとても優しく接することができると思います。


 想像してみてください。

 ◆いつも自信に満ち溢れ、堂々としているあなたの姿を。。。

 ◆人に優しいあなたは、キラキラと輝いて映ることを。。。

 「それって最高ですよね!」



 練習するのには効率的で早く結果が出るほうがいいと思います。
 一人で黙々と...というのもくじけてしまうかもですね。

 そんなあなたの自分磨きのお手伝いができる
 教材があります。


 癒されながら輝きだす”自分磨きトレーニング” は
 本当に自然なあなたの心に語りかけて
 ジュワ~と癒されながら自分が変わっていきます。


 自分らしく輝いて、自分のことが大好き!っていう
 嬉しい笑顔がたくさんたくさん溢れてくることを
 心から願っています。。。

人間関係に疲れてへこんだ心が甦る!
 ”じっくりジュワ~と癒されて”強い自信と勇気が湧きあがる☆
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