フーテンの科学寅さんの第2ブログです。
s-137_3782.jpg s-138_3825.jpg
s-137_3777.jpgs-138_3818.jpg

フーテンの科学寅さんのヒミツの予定表です。
 a_ilst003.gifでも、優先順位は、科学実験教室ができることですから、ご相談ください。
me-rulogo1.gif
--.--.--.--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2009.07.27.Mon

子ども達が、自分の力で前に進んでいくために、

どうしても必要なパワー。それは、どん欲な好奇心です。

これは、先天的な能力でしょうか?

いや、少なくとも、ある人の好奇心と発見への熱意が、

周囲の者に与える影響力は、間違いなくあるのですから、

教育界が、特に、教師がこの影響力を真剣にとらえるべきでしょう。



この影響力は、大人同士でも、もちろんありますが、

特に学生と教師の関係において大きいものです。



ネットが発達した情報化社会において、

単に受験情報だけなら、人間は要らないのです。

なぜ、生身の人間が必要なのでしょう。

それは、子どもの生き方の見本としてだからでしょう。



この様々な楽しさに満ちている社会の中で、

「学び」の素晴らしさ、魅力を体感させること、

魅力を感じる能力が

子どもたち自身の中に存在すること

これに気付かせることこそ、

教師の仕事であることはいうまでも無いことでしょう。



でも、どうやって気付かせるの?

そう、それはもちろん、

教師自身がサンプルとなってなのです。

説教して、好奇心なんて、湧くもんじゃありません。



子どもたちの「学ぶことに対する欲求」は

「学ぶことへの欲求」を現に生きている教師からしか学ぶことができないでしょう。



なぜなら、好奇心は、理知的な意識の働きと言うよりは

潜在意識の発露だからではないでしょうか。

理屈ではなく、感情そのものを、魂そのもを

潜在意識に織り込むのに、身近で、サンプルの人に接することほど

効果的なことはありません。



もし、子どもたちに学びを動機づけたいと望むのなら、

教師自身が、意欲の塊になり続けているべきです。

教師自身がつねにいきいきと好奇心にあふれ、

さまざまな謎に惹きつけられ、

絶えず仮説を立て、実験し、

自分の世界観を書き換えていくプロセスに熱中していること。



情熱は伝わるものです。



それに反して、教師の存在意義を、子どもを叱るため、

子どもを評価するため、と思っている人が何と多いのでしょう。



まず、教師や親が、自分自身を、

ポジティブな考え方を持てる自分に作り変えていくことです。

子どもにあれこれ言うのは、その後です。

(本当にポジティブになれば、子どもにアレコレ言わないものです。)

自分を心の底から、肯定するのです。

自分を肯定できない人が、

子どもを肯定できるはずがありません。

でしょ?



良いことには、素直に反応し、目いっぱい味わい尽くす。

悪いことには、本来の自分とは関係ない、と

その教訓だけ成長の糧にして、自分と切り離す。

これで、いつも、機嫌良く暮らせます。ワッハッハ。



そして、素晴らしい未来の姿のリハーサルを

心の中でし続けること。

それを継続すること。



結局、人間が人間にできる教育とは、

潜在意識に「意識的に」働きかけることしかないのかもしれません。



人間は、人からあーだ、こーだ、と言われても

その指示で変わることなんて、無いからです。

自分の胸に手をあてて、誰かの説教で人生が変わったなんて、ありました?



テストの点数は、テクニックの解説で上げることができるかもしれませんが、

自力で成長する力っていうのは、

直接教えることはできない、と割り切ったらどうでしょう。



我々にできるのは、サンプルとしての存在になり、

その存在感が、彼や彼女の潜在意識に入って、

彼らの潜在意識が徐々に変化していくことを祈るのみです。



でも、それに成功したとき、

子どもたちは、何も教えないのに、

勝手に、「先生にいっぱい教えられた」と感謝するものです。



自分のことを振り返って、(たいへん面映ゆいのですが)

実験をしている時の、相澤先生の表情がとても良い、という

感想をいただきます。

もし、私の実験教室が影響力があるとしたら、

そのパワーは、私の実験内容そのものよりも、

私の楽しくて仕方がないという表情の方に要因があるのかもしれません。



この方面の研究は、もっともっとしていきたいと思っています。

スポンサーサイト


2008.05.08.Thu

今日は、第1ブログの「科学はイタズラだっちゃ」と同じです。
お許しください。

昨日、ちょっと、面白くないことがありまして、
ふくれっ面のまま、学校に登校してしまいました。

このままじゃ、生徒に合わせる顔がない。
こういう時、私は、
ステージに立ったイメージを作ります。


ふつう、先生は、あんまり見てくれに注意をしないようです。

せいぜい、ファッションや髪形、マナーには注意しても、
表情にまで気を配る先生は少ないようです。

しかし、豊かな表情は子どもたちに計り知れない好印象を与え、
指導する上での強力な武器になるのです。

豊かな表情づくりを研究してみてはいかがでしょうか?

世には、いろんな笑顔教室があります。

実際、笑顔研修を行った会社の中には、
売り上げが半年で2.5倍に急増した店や、
クレームが3分の1に減った企業など
ズバ抜けた成功事例が多いのです。
笑顔になるだけで、驚くべき成果が上がっているんです。

何と費用対効果の高いこと。



しかし、「笑顔になるだけで、そんなに大きな成果が出るわけはない」と
反発する人も多いものです。

でも、笑顔をしても、成果が現れないのは、
笑顔のつくり方が間違っている場合が多いようです。


真剣勝負のビジネスでは、笑顔のわずかな巧拙が、
成果を大きく分けるのですから、真剣です。
「薄笑い」のような低レベルの笑顔では、成功はおぼつかないのです。


「ヨン様スマイル」は、やはり一つの理想のようです。

ヨン様のこぼれるような笑顔は、
非常によく研究された、
笑顔の理想形なんだそうです。

口角(唇の端)が上がり
上の歯が10から12本見えています。
こんな笑顔が習慣になれば、
教育でも、ビジネスでも、
もちろん恋愛でも、きっとうまくいくはずです。

笑顔教室の先生は、
笑顔に影響力を持つのは、
「口→眉→目元」の順番だと言います。

口角をしっかりと上げ、上の歯をできるだけ見せることが、
最も分かりやすい笑顔の「サイン」となるんだそうです。

口角を上げるだけで、人間関係が良くなったり、
売り上げが上がったりするんですから、
恐るべしです。

そして、これは、訓練が必要なようです。
口角を可能な限り上げる訓練です。

上の12本の歯を見せて自然に笑えるようになれば達人になれます。

初心者が口角を上げるイメージをつかむには、
「ラッキー」など、語尾が「イー」の言葉を探して、
明るく発音することがよいそうですよ。

さらに日ごろから小さな「幸運」にも大きく喜び、
口角を上げながら「ラッキー」と言うクセをつける。
それを繰り返せば、
ラッキーと言うことで条件反射的に
自然な笑顔をつくれるようになるそうです。



次に、眉は時折少し上下させた方が
楽しさやうれしい感情を伝えやすいものです。

例えば「ありがとうございました」と挨拶するときには、
口角を上げると同時に、
眉をほんの少し上げ気味にして言った方が効果的です。

ビジネスの商談をしている最中も、
目や眉が動いて、
表情の変化があった方が笑顔のパワーは向上し、
相手から好感を持たれやすいと言われています。

学校の先生は、教壇で、どのくらい表情を変えているでしょうか?
一定というより、無表情じゃないでしょうか?


え?私は、笑っている?
売れない営業担当者は、自分は笑顔のつもりでも、
上の歯を全く見せていないことが多いし、
しかも、それに気づいてもいません。


もし、頑張っているのに業績の上がらないと思う人は、
仕事中の表情をビデオ撮影してもらい
第三者になった気分でチェックするか、
職場に鏡を置いて1日に何度もチェックしてみてはどうでしょう。

自分の笑顔の長所と短所が分かってきます。

表情力向上のヒントは、
「いつも見られている意識を持ち、テンションを上げること」だといいます。

日ごろ見られていることを意識していない人はテンションが低く、
無防備に不機嫌な顔を見せます。

先生という職業は、本来、見られる仕事なんですが、
子どもたち相手だと、その意識がいつの間にか、消えてしまっているようです。
毎日、授業参観の気持ちでできればいいんですねえ。


仕上げは、「アイコンタクト」。
相手の目を優しく見つめながら笑顔で話さなければ、
相手の心に伝わりません。
伝わらない笑顔は単なる笑いです。

ヨン様の眼差しを思い出しましょう。


日本人は、一般に恥ずかしがり屋です。
ですから、笑顔もアイコンタクトも、もともと苦手です。

でも、笑顔がつくれないと、絶対に損をします。
今や笑顔の良し悪しで給料が変わる時代です。
「良い笑顔は一日にしてならず」。
じっくり、焦らず、チャレンジしてみましょう。

特に顔の筋肉が硬くなっている人は、
マッサージです。
ほおや口元の筋肉をほぐしておいた方が、自然な笑顔をつくりやすいものです。


さらに、笑顔をつくれば、気持ちもそれにつられて楽しくなっきます。

顔の表情筋や目の周辺の筋肉(眼輪筋)を意識的に動かすと、
楽しい感情をわき起こす神経が活発化するそうです。

つまり、楽しいから笑顔になるのではなく、
笑顔になれば楽しくなる。
自然に笑顔がこぼれ、さらに成果も上がる。
笑顔がプラスの連鎖となって、
どんどん素敵なクラス、素敵な学校ができていきますように。




2008.05.05.Mon

学校教育と、マインドコントロールとは
違ったものであると定義されています。

好奇心の話題から、ちょっと外れますが、
この機会に整理してみます。

教育がマインドコントロールではない理由として、
次のようなことが挙げられています。

1・「教育は、行動のコントロールをしないから。」

2・「教育は、個人の思想にまで言及しないから」
  マインドコントロールでは、
  その組織の教えに疑問を持つことを禁じていますが、
  教育現場では疑問を持つ子供を歓迎しているから。

3・「教育は、感情のコントロールをしないから。」
  カルトでは、不安や恐怖を使って思想を教え込みます。
  学校では、生徒の不安や恐怖心をかき立てて
  授業に集中することを強要するようなことはしないから。

4・「教育は情報のコントロールをしないから。」
  カルトはしばしば外部の情報源を遮断しますが、
  教育現場ではそういった制限をしません。

本当にそうでしょうか????

一般の教育も、子供に何かを教え込もうとしていることは確かです。
少なくとも戦前の教育は、
国をあげてのマインドコントロールだったでしょう。

現代でも、なぜ勉強しなくてはいけないのか、
なぜ人を殺してはいけないのかといった根本的な問題の答えを、
小学生にも分かりやすく語っている学校や先生は、少数派です。

「ちゃんと勉強しないと、いい大人になれませんよ」
などという使い古された言葉は、
生徒に恐怖をもたらしてはいないでしょうか。


マインドコントロールとは、
信者の個性を奪い、
カルトの目的にそった集団行動を強制する技術です。

しかし、「教育」も、
「社会」というわかったようで、わからないものに
順応させ、貢献させるための
マインドコントロールに他ならないんじゃないでしょうか?

程度の差こそあれ、
「教育」と「マインドコントロール」とは同じ延長線上にあります

違うのは、マインドコントロールのほうが
方法論が確立されており、体系的であり、
「有効である」という点だけです。

だから、教育現場でも、もっとマインドコントロールを学び
生徒のコントロールに使うべきだという議論もあります。
現実に、商業世界のマーケティングは、
日夜、マインドコントロールの戦いをしています。

とりにかく、
私たちは「義務教育」の名のもとで
マインドコントロールをうけていることは
認識しておくべきでしょう。




ところで、マインド・コントロールの中でも
悪名高い「カルト」は、どんな作用をしているのでしょう?

新興宗教組織、人格改造セミナーのような
カルト団体は日本にもいくつかありますが、
どれもが特徴としているのは以下のようなことです。


信者の人格のコントロール
信者と信者の家族との関係の破壊
信者と社会との関係の破壊



その組織の目標が、社会の役に立つようなものであっても、
カルト的な組織はいくらでもあります。
カルトの定義もはさまざまです。
フランスなどではYMCAも"カルト"と定義されているそうです!


カルトの定義は反社会的であるかどうかではなく、
信者一人一人と、
社会とのかかわりが保たれているかどうかで決まります。


日本の山伏の修行や密教の荒行などは、
日本人から見れば"信心深い人"にしか過ぎませんが、
日本の宗教事情を知らない海外の人から見れば、
それらは"マインドコントロールされた
カルトの犠牲者" と写ってしまうかもしれません。


カルトに深く取り込まれた信者は、
本人は強制されているという自覚無しに信じられないことをします。

日本でも"カルト"の一般信者の生活は、ふつうの我々から見れば悲惨です。

でも、カルトの内部の人から見れば、
我々の方が "真理を知らない、かわいそうな人々" に写っています。

カルトに取り込まれた人は、
少し前までは普通の生活をしていた人がほとんどです。
何の不自由もなく学生生活を送ってきた大学生が、
驚くほど短期間で、カルト団体の厳しい生活に取り込まれていきます。

マインドコントロールを受けてしまっている人にそれを指摘すると、
「あなたこそ、世の中にマインドコントロールされていて、
真実が見えていない。」などと反論されます。

カルトは、非常に巧妙な方法で信者の価値観を作り変えていきます。

この方法を「マインドコントロール」と言うわけですが、
こうした方法は、実は、現代心理学に裏打ちされたものが多いのです。

マインドコントロールの方法論は
朝鮮戦争前後から開発されてきたそうです。
今もその方法論は改良されています。

"他人を意のままに操る"ことは禁断の甘い香りがいっぱいです。

そして、現代では、適切な症例を選び、正しい方法で行えば、
誰でも同じことが出来るぐらいに体系化されているそうなのです。

「どういう状況で、どういう教えかたをしたら、
人間の価値観をどう変化できるか」、
こうしたことはかなり解明されています。

もちろん、マインドコントロールに、かかりやすい人と、
まったく効果がない人とがいます。
しかし、自分は大丈夫だと思って、
ちょっと冷やかしに、こうした団体をのぞきに行って、
そのまま帰ってこなかった人は何人もいます。


(つづく)

↓これは、禁断の技です。でも、自己防衛のためにも、必須のアイテムかも。

マインドコントロールコピーライティング~お客の心を操って売上倍増

1日5分の「ある」トレーニングを行うだけで
100ページの本を一晩で丸暗記出来ると言われたら
あなたは信じる事が出来ますか?

「そんな方法、あるわけない!」

もし、少しでもそう思ったのであれば
今すぐ下記URLをクリックされてみてください。
           ↓
 



あなたが信じていた学習法の常識を
根底から覆して見せましょう。


2008.04.18.Fri







寅さんは、いわゆる扱いにくい子、と

ずいぶんつきあってきたと思います。

32.jpg


大人の側が勝手に期待する、

「枠組み」に入りたがらない子とも言えるでしょう。



こういう子に対して、私は、当初は、

何か、面白いものを見せたり、

面白い話をしたり、

さらには、ビックリさせれば、こっちのものだろう、

と思って、そういう方面に力を入れたものです。

科学実験も、実は、その発想の延長でありました。

16.jpg


でも、その「仮説」は、すぐに間違いだということがわかりました。

どんなに自信作を提示しても、

こちらの言葉自体が、全然、入っていかないケースがずいぶんあるんです。



せっかくの寅さんの、「珠玉の問いかけ」が、

むなしく墜落していきます。



試行錯誤の末、血の涙の末、寅さんは、

いつの間にか、どんな子にも効く、

特に初対面の子と、とにかくコミュニケーションがとれる

必殺技を発見するのです!!!

17.jpg


それが、・・・・・・ それは、ジャーン、「同調」です。

いわゆるオウム返しです。

(なあんだ、ですよね)



でも、同じ言葉を返すだけじゃありません。

同じ行動をします。

まるで鏡のように。



同じ視線で、同じものを見ます。

同じ表情をします。

同じ呼吸をします。

そして、同じ感情を味わいます。



そうすると、必ず、不思議なことに、心を徐々に開いてくれます。

そして、こちらを意識してくれるようになります。

同調してくれる人がいることは、とっても心地よいものだから、

その快感にはまると、今度は、向こうから、同調しだします。

こちらが、ちょっと違ったことをしてみます。

すると、子どもが合わせてくるようになります。



そうなったら、はじめて、こちらが用意した

問いかけや、仕掛けが、意味をもってくるのです。

37.jpg


ほとんどの場合、学校では、一方的に

子ども達に対して、問いかけます。

指示を出します。



それって、深層心理的には、相手を信用していない、

相手を非難することと同じようです。



考えてもみてください。

大人同士だったら、まず、お茶のみ話、世間話でもしてから、

「ところで、実は~」と入ります。



会話の基本は、キャッチボールと言われますが、

ホントの基本は、キャッチです。

ピッチャーではなく、キャッチャーの立場に常に身を置くことです。

自分から、勝手に話題を振らないで、

相手から話題をふってもらうというスタンスです。



キャッチャーは、返球のとき、

ピッチャーよりも速い球で、全力投球などしません。

ピッチャーが、きちんと取りやすく返すことが目的だから。

キャッチャーは、投げることが目的ではないのです。



教師、キャッチャー論に立ってみると、

子どもが急に生き生きとしてきますよ。


2008.04.17.Thu







一生懸命取り組んでいるはずなのに、どうも子どもとの関係がうまくいかない。
父母とのつながりをどうしたらつくれるのだろうか。
そんな悩みをもち苦労している先生たち。



子どもの指導に自信を失い、
教師の仕事を続けようか辞めようかと苦悩されている教師の方が、
フーテンの科学寅さんの周囲にも、結構いらっしゃいます。




多動傾向の子がいるクラス。
「めんどうくせー」「やりたくねー」を連発する子たち。



いま教育という仕事に情熱を捧げようと教師になった若い方々が、
授業が成立しなかったり、
「子どもの荒れ」や指導の困難に直面したりして、
教育現場を去ってしまうといった悲しい状況が続いています。


img8c9b50b3v6lo8s.jpg


「夢かない2ヶ月/教師は命を絶った」との見出しで,
昨年の10月の朝日新聞は,自ら命を絶った新任教師のことを報じました。



記事は,

「両親や学校関係者に取材すると,同教師に対する校内での支援が十分といえない中で,仕事に追われ保護者からの苦情に悩んでいた姿が見えてくる」とあり,


両親の

「若い先生方への心身へのサポート体制を作っていただきたい。そして,若い先生方にいつまでも夢を追い続けていただきたいとの一念です」

という言葉で締めくくられていました。



教師力への批判が、世にはいっぱいありますが、だったら、教師へのサポート体制は、どうなってるんでしょう?

img5b72593ev6co63.jpg


ベテランの教師の悩みも深いのですが、とりあえず新任の先生のことを考えてみます。



もちろん、新任教員研修は、どの県でも、しっかりあります。
しかし、これは、建物で言えば、鉄骨の基本設計の説明みたいなものじゃ
ないのかな?
(私は、参加したことも無いのでわかりませんが)
現実に、こう悩みが絶えないのですから。



やはり、基本は、現場でのOJTでしょう。

新任の教師に近いところから考えて見るならば,
指導教師が最も近くにいて,
次は学年主任,そして教務主任・生活(徒)指導主任になり,
教頭及び校長となります。



この組織がばらばらに対応していたのでは,効果が期待できません。
校長が委員長となり組織的に対応することで強力なサポート体制ができます。



新任教師の授業などを毎日見守る役目は指導教師です。
この先生の力量に追うところが、実際多いわけです。


1週間に数回程度見守るのは,
学年主任や主幹・教頭・校長です。
定期的(または適宜)に会合を開き連絡を密にします。



保護者からの苦情,指導が困難な児童のこと,
学級経営や授業研究など,
どの角度から光をあてるかによって、
全然文脈が変わります。



ぜひ、保護者からの苦情など困難な件については,
担任任せにせず、校長や副校長が引き取り解決する姿勢を見せてほしいと思います。



要は,新任教師が困難を乗り越えて,やがて1人前になるようなサポート体制がある学校です。





書店の教育書コーナーに行くと、学級経営に関する本がどっさり並んでいます。


子どもたちと信頼しあえる学級をつくりたい、
子どもたちがお互いに支え合いみんなで励まし合って生活できる学級にしていきたい。



そんな教師たちの願いが、学級経営や生活指導に関する本の多さにも反映されているのだと思います。



同時に「学級崩壊」や「いじめ」などをはじめ、
子どもたちの指導に困難を抱えている教師が、
実に多いことも示しているように感じられます。

s-SANY0004.jpg


しかし、こういう調査結果があります。

第4回学習指導基本調査では、
小学校の教員に対して各教科や領域の指導が得意かどうかを聞いています。
その結果からは、次のようなことが注目されます。
(ベネッセの分析より)



(1)どの教科・領域についても指導を「得意」とする小学校教員の割合は多くない

「得意」の割合は、算数を除けば、どの教科・領域も1割に達していません。
「どちらかというと得意」を加えれば、算数と国語は半数を超えますが、
他の教科や領域は5割以下にとどまっています。



(2)算数の指導を得意とするものは、他の教科や領域と比べて多い

算数の指導について「得意」が19.6%、「どちらかというと得意」が66.4%で、
あわせて86.0%になります。
ドリル演習など、ある程度、指導方法が確立しやすいという面があるのかもしれません。




(3)特に、理科・社会・総合的な学習の時間を苦手とする教員が半数前後になる。

「苦手」と「どちらかというと苦手」をあわせて、割合が多い順に、総合的な学習の時間が57.8%、社会が50.2%、理科が49.5%です。
これらの教科・領域は豊富な知識や経験が必要で、活動を伴うことが影響しているのかもしれません。



こうした割合をどうとらえるか(多い、少ないなど)は、比較するものがありませんので、ある程度、主観的な判断になります。


しかし、仮に国語・社会・算数・理科が「得意」と答えた教員の重なりがないとして、
これらの割合を足しても4割強にとどまっています。


つまり、この4教科のどれも「得意」と答えなかった教員が少なくとも5割以上いることになります。


教員が子どもに学習を指導する職業であることを考えると、
ここに、深い問題が隠れているのではないでしょうか?


つまり、自信が無い安感が、生徒をコントロールする方向に向かわせていき、
その結果、さらに悪いスパイラルに落ち込んでいるのではないか、と。


img3abf032cvgstkg.jpg



では、どうやって自信をつければいいんでしょう。授業技術を学ぶことなんでしょうか?

たしかにそうです。
しかし、それに、好奇心という魔法の原理をつかめば、
効果は、100倍です。


そのためには、まず人が認識をするとはどういうことか、
学習するとはどういうことか、をわかっておく必要があります。


指導技術がないからだと思っていたけど、そうではなく、

学ぶこと、生きることに対する哲学の問題なんだ、

ってことに気がついて欲しいと、ぜひ、ぜひ、思っています。



じゃ、哲学って、何なんだ?

ヘーゲル、カントでもやらなくちゃならないの?

いえいえ、そうじゃないんです。

ちょっとアタマを使ってみるだけなんです。

しかも、自分のアタマを。





ほんのちょっとした視点・発想のちがいで、実践はまるでちがったものになります。


今まで困難だと思っていたことが、ちがって見えてきます。


自然と気持ちも楽になり、子どもと教師の関係もよくなっていきます。



教師は、たいへんです。

一般労働者と同じには、到底考えられません。

しかし、それだけに教師冥利と言う言葉があります。


あの先生の授業、あの一言が、私を支えてくれた!

ってことを言われたときなんかそうじゃないでしょうか?


 
 教師の子どもたちに与える影響は計り知れません。


授業をはじめ多くの場面での教師の言動から,
子どもはいろんなことを感じ,学び取っていくのです。


「教師の一言が子どもの生き方を決める」という言葉は、
決して放言でもなければ妄言でもありません。


だからこそ不断の自己研鑽が求められるのであり,
そこに教師としてのやりがいも生まれるのでしょう。



本当は、数十年現場で奮闘しても、つかめない
子どもを惹きつける授業の極意、
すなわち好奇心の魔法を、
その日から使えるように、
お届けします。


きっと、とんでもなく、幸せな人生が開けると思いますよ。


自己紹介は、後ほど。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。