フーテンの科学寅さんの第2ブログです。
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フーテンの科学寅さんのヒミツの予定表です。
 a_ilst003.gifでも、優先順位は、科学実験教室ができることですから、ご相談ください。
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2008.05.14.Wed

先日書いた、ごまかし勉強では、
直近のテストで高い点数を取ることのみに、関心をもちます。

ですから、テストの出ることが予想される内容のみを暗記しようとします。

得点に結びつかないムダなことは、
できるだけ、タッチしないように、という姿勢になります。

まず、教材は教科書の範囲に限定されます。

辞書や辞典、資料集、参考書、読み物などのように、
興味関心に応じて、教材を広げることはしません。

揃える参考書も、解説の一切ない要点集が好まれます。


さらに、その内容も、
他の単元との関連や、他の分野との関連、
因果関係、用語の意味、背景、
日常生活への応用、他の解決法、
類似の探索など、
余計なことは、できるだけ関心をもたないように努めさせます。

いわゆる「思考の経済化」とでも言うのでしょうか。

でも、これも、自分が戦略的に考えて、重要度をつけたのか、
他人のアタマで絞り込まれたものを、
鵜呑みにしているのかで、さらに、意味合いが違います。

とにかく、自分の判断を通さずに、限定するのが、
ごまかし勉強の特徴です。

だから、暗記材料も、自分で作ろうとしません。
先生か、出版社が作ったものを、そのまま使うことになります。



それに対し、本当の学習は、これも、教科書からスタートするにしても、
教科書は、発展させるための、必要最低限の記述だと考えます。

だから、教科書をすべて読んで理解するのは当然で、
さらに、自分なりに意味を考えたり、
日常での応用を考えたりします。
範囲の発展拡大が行われるのです。

ごまかし勉強では、学習エネルギーを減らそう、減らそうと
努めるのに対し、
本当の勉強では、心を込めようというエネルギーが働くのです。
当然、自然に範囲が広がります。


そもそも、学習は、知的好奇心を満足させ、
考える力をつけ、日常に役立てるためにするものです。

テストは、単なる学習の結果の測定に過ぎないのです。


これらの意味で、「総合的な学習の時間」が導入されたのですが、
これは、学習範囲の拡大を目指す、正統派の学習に戻そうという
目的であったことは、間違いありません。


どんなに良い形を作っても、魂が入っていなければ、
むなしいものだったということでしょう。
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2008.05.09.Fri

子供の学力低下の主要な原因
それは、「ごまかし勉強」が広がったせいではないか?

なぜかくも「ごまかし」が広がったのか?

家庭、学校、教育産業がどうかかわっているか。
この「ごまかし勉強」のおそるべき実態に迫った本が

これです。


ごまかし勉強〈上〉学力低下を助長するシステムごまかし勉強〈上〉学力低下を助長するシステム
(2002/03)
藤澤 伸介

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この上記の本で、「ごまかし勉強」の5つの特徴が、挙げられています。

1.学習範囲の限定
2.代用主義
3.機械的暗記志向(暗記主義)
4.単純反復志向(物量主義)
5.家庭の軽視傾向(結果主義)

このうち、3~5は、

認知カウンセリングから見た学習方法の相談と指導認知カウンセリングから見た学習方法の相談と指導
(1998/07)
市川 伸一

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これに登場する
1.暗記主義
2.物量主義
3.結果主義
と全く同じです。

これも、当ブログの大きなテーマだと思います。


2008.04.23.Wed

子どもを勉強好きにするために、
大人は悩んでいるんですよね。


世には、様々な説やテクニックがありますが、
なぜか、大人用のアプローチと子ども用のアプローチを
全く分けていませんか?



あんまり良い例えではありませんが、

こう考えてみてはどうでしょう?


お母さんが、店員さんで、お客さんである子どもに、
「勉強」という商品を買わせたいと考えてみましょう。


まず、でっかい看板「勉強ショップ」だけで、お客は来るでしょうか?


しかし、実際には、「勉強しろ」のかけ声だけで、
子どもは勉強するのが当然だ、と思っている人が大勢います。


「看板があるんだから、来て買わないお客が悪いのだ」と言うのです。


これは、昔、よっぽどモノが無く、商品が置いてあるというだけで、
お客が頭を下げて売ってもらった「良き時代?」の妄想。



現代、モノはあふれ、情報もあふれ、楽しみもあり余っています。
勉強してエラクなることが、唯一の正義だった頃とは違うのです。



次に、店員さんは、何を考えるでしょう。
そうです。説得です。
説得の前に、説教になってしまう店員さんもいますが。



説得は、確かに有効な手段です。うまくいけば、すぐに効果が表れます。
なぜ、それを買わなければならないか、をお客にも考えさせます。
これで、すぐに「うん、わかった」と商品を買ってくれればいいのですが、
そう簡単にはいかないですよね。



説得されれば説得されるほど、
人間にはアマノジャクの反発心が働くからです。



そこで、より洗練された、押しつけがましくない、
セールステクニックが開発されます。
AIDMAなどの反応ステップ作戦です。


注意(Attenntion)→興味(Interest)→欲望(Desire)→記憶(Memory)→行動(Action) 



の五つのステップを大切にしていこうという作戦です。



最初は、たとえば「英語」という学びの世界がある、という注意を惹きつける。
次に、「あれ、何だろう?」、「へんなの」「どうしてかな?」と興味を湧かせ、
「やってみたい」という欲望をもたせ、
どうしたら、それができるのかを記憶させ、
行動できる環境へ導くというものです。



これは、有効です。
現代の主力のアプローチでしょう。
もともと、有能なセールスマンや企業は、
これを意識するしないは別として、この段階を踏んでいたと思われます。



しかし、既に、心の中に、
その商品を拒絶するフィルターがいっぱい入っていて、
強固なバリアの場合、「説得」は効果を発揮しません。
ついつい肩に力の入った説得になってしまい、反発をくらってしまいます。



そこで表れたのが、説得をしないで、
なぜかわからないけれど、買ってしまう、
という魔法のような働きかけを目指したアプローチ方法です。



広告やテレビのイメージ宣伝などで使われています。



それを見て、すぐに商品が欲しくなるわけではありません。
広告の内容も、取るに足らないことが多く、
説得されているなんて、全然感じません。



こんな一見、ムダのような広告に、
シビアな企業が、なぜ、大金を出しているのでしょうか?
それは、効果があるからなのですね。



お店でもそうです。
現代のスーパーでは、対面販売で「お母ちゃん安いよ」よりも、
きれいに芸術作品のようにカラフルに陳列してあって、
広々とした通路を、気持ちよい音楽に中で、
まるで、美術館でもみるように、楽しみながら歩きます。
そして、商品を気楽に手に取れるように設定してあります。




決して、店員が売り込みに近づいては、来ません。
本当は、お客を気にしているのですが、
全然気にしていないフリをして、自分の作業を続けています。
その証拠に、ちょっとでも、聞きたいな、というそぶりをお客が見せれば、
優秀な店ならば、すぐにそっと近づいてきて、何気なくアドバイスしてくれます。


 

これらは、「低関与コミュニケーション」と言われ、
マーケティングの世界に重大な影響を及ぼしています。



なぜ、低関与が有効なのでしょう?
それは、お客が、知的な防御フィルターを働かせないからです。
低関与のコマーシャルを何度も受けると、
情報はいつの間にか、長期記憶にインプットされます。



また、その商品に対する位置づけが、
いつの間にか、変わってしまい、
その重要性が認識されてしまっているのです。



これは直接行動に走らせる力ではありません。
しかし、何かの刺激があったとき、
思わずその商品を手に取らせる原動力となっているのです。



このアプローチが、教育界においては、まだまだ、研究の余地があると思うのです。



しかし、説得アプローチも当然のことながら重要です。
様々な切り口から、これから書いてみたいと思います。





2008.04.21.Mon





 一度も病気にかかったことのない子どもくらい、危険なことはないですよね。
免疫ができておらず、抵抗力が無いからです。
インフルエンザや伝染病の予防には、
適度にコントロールされた病原菌を意識的に植え付けます。


一度も切り傷やすり傷を負ったことの無い子も、
大きな問題を抱えるということも聞きました。
また、痛い思いをすることが、人の痛みを思いやれる原点だとも。
熱い体験も必要です。

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発達心理学でも、成功体験から得られる有能感と
失敗体験から出てくる劣等感の「バランスが大事だ」と教えています。

しかし、一般的には、「とにかく劣等感はゼロがよい(有能感百%がよい)」と
考えられているんじゃないでしょうか。



この宇宙は、免疫機構、いわゆる失敗をどうリカバリーするかで
成り立っていると言えるのではないでしょうか? 
そのためには、適度の失敗を早期に経験させることが、最も大切であり、
教育の重要な柱ではないかと思います。

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しかし、子ども会行事や、PTA行事などでは、
誰もが成功してめでたしめでたしになるプログラムばかりです。
塾の場合も、どの子も短期間で「成功」してもらわなくてはなりません。
誰でも、うちに来れば、ホイホイ成績が上がっていきますよ! というPRばかりです。


学校選びだってそうです。
人生のステップで失敗しないように、成功し続けるように、と。


しかし、人間ですから、いつかは失敗します。
小さいとき、失敗しなければ、大きくなってから。
大人になって、親の手出しができなくなってから。


『失敗』を恐れるのではなく、
『失敗』から学ぶことのできる人間を育てたいものです。
そのためには、小さいときから 子供に『失敗』をたくさんさせ、
『失敗』からどう立ち直り、そこから何を学ぶかを、
頭を通してではなく体験を通して、体得させるべきです。

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ではなぜ学校は成功ばかり追い求めるのでしょうか。
わたしは「カリキュラム」というコンセプト自体に
原因がひそんでいるんじゃないかと思います。



カリキュラムは「同一年齢の子どもに段階的な教材配列をすれば理想的な教育ができる」と考えます。
同じ年齢でもいろんな子どもがいることは無視して、
「この順番が一番」と決めてしまう。
カリキュラムは成功し続けることが正しいのです。



成功の階段(ステップ)を次々と登る子が理想です。
もちろん目の前の子どものようすを少し本気で観察すれば、成功ばかりではないことはわかります。
カリキュラムの問題点は、「失敗からどう学ぶか」の発想が欠けているところにあります。「成功する子が正しい」のです。
また、正しいカリキュラムなのです。

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まずは、親や教師が、失敗をいっぱいしてみせましょう。
そうして、そこからリカバリーする姿を見せてやりましょう。
これは、大人が常に挑戦している姿を見せることでもありますね。


2008.04.15.Tue






筋肉は第二の頭脳と言われているように、
身体の感覚の発達は、知能にも大きな影響を与えるようです。


平衡感覚が苦手な子は、算数・数学がまず苦手のようです。
片足立ちで、目を閉じて、何秒立っていられるか、
お子さんを計ってみてください。
すぐグラグラ・バタッという子は、まず、算数が苦手でしょう。
うちの末娘もそうです。


数学は等式で結ぶのが基本です。
これは、平衡状態をつくることですから、
その感覚がニブイと、理解がすすまないようです。
知的なものも、脳の奥の根本的な感覚機能に支えられているようです。


平衡感覚は、訓練で向上させることができます。
平均台のようなことをすればいいのですが、
空き缶を地面に点々と置いて、その上を渡るなんてのも有効です。


また、味覚臭覚と社会性の関連も言われています。


いろんな味を受け入れることが、多様性を受け入れる土壌になるのだそうです。
一週間、マックだけを食べさせると、人付き合いも偏食になってしまうということです。
よく、国際理解は国際的な食事から、と言われる所以ですね。
臭覚・味覚は、脳の一番奥にある生命の根元につながる部分ですから、本当に真剣に偏食を直すように、指導したいものです。


それから、聴覚・触覚もとても大事なのですが、これらにつては、後ほど。


ともかく、学力を育てるのは、実は、小さいときからの身体を使った遊びや芸術なんです。じっとしてペーパーに向かわせているよりも、特に小さいときは(大きくなってからも)、のびのびと身体を使った自然な遊びを十分にさせたいのもです。




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