フーテンの科学寅さんの第2ブログです。
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2008.04.27.Sun


脳の目的は、人の、生きる目的である、 と考れば


人生の目的は、 頂点に立つことではないことがわかります。

苦しくても高きに向かって進んでゆくプロセスにあります。

top1.jpg


山に登る人が 「なぜ山に登るのか」 と尋ねられた時、

「そこに山があるから」 と答えるのは、

 まさに脳の目的に合っています。

 

山に登るのに頂点が必要なのは、

高きに向かって進むための、あくまで目印であって、

頂点に着くことが目的ではないのです。

tozan.jpg
 
それに対し、コンピュータは、 出力することが目的であるので、

出来高でコンピュータが評価されるのは当然です。

sk_supercomputing_04.jpg

しかし、 人は成長するプロセスそのもの に目的があります。

だから

人が「どれだけの能力を今もっているか」、

「過去の実績はどうか」 という出来高で評価することは、

脳本来の目的に合いません。

人を苦しめます。



出来高評価ばかりして、

挑戦して失敗することに

高い評価を与えないとどうなるでしょう?

 

飛躍的に大きな成長はできませんね。

 

人本来の目的が高きに向かって成長することですから、

成長にある プロセス自体が重要 なのであって、

そのプロセスの中に喜びが感じられるよう、

もともと人間はできているんです。

 

たとえ、 ラグビーで120対0で負けても、

それでも一生懸命にタックルに行くとき、

選手たちには一種の幸せがあります。

また、それを観ている私たちもその姿に感動します。

そのように 脳はもともと作られているのです。

 TKY200801080164.jpg


人の幸福は

その人の居る位置 (その人の出来高) ではなく、

高きに向かって進もうと努力するその傾きの度合なのです。


katamuki.jpg

;
この考えからすると

 

その人の位置がむしろ低い方が

かえって、成長の傾きを大きくすることが簡単です。

「こころの貧しい人たちは幸いである」

「悲しんでいる人たちは幸いである」

に通じるかもしれませんね。


だとすると、見えてくる、学校教育の問題点は・・・・・・?

(続く )
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