フーテンの科学寅さんの第2ブログです。
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2008.05.21.Wed

昨日に続いて、自分の(特に教師の)科学観をチェックする問題です。

これらの問題は、、仮説実験授業―授業書ばねと力によるその具体化
(板倉聖宣)の「教師の科学教育観の実態」
からの抜粋引用、編集です。


<問題2>

2つの入れ物の中に、水が50ccずつ入っています。

この水を合わせると、その体積はどれだけになるでしょう?



こういう問題を出したところ、子ども達は、みんな正しく
100ccになると答え、実験の結果もその通りになりました。

そこで、先生は、また、
「この実験からどういうことが分かったでしょうか?」

とみんなに聞きました。

すると、これまた、次のようにいろいろの答えがでてきました。
このうち、一番良いと思うものに、◎
これでも良いと思うものに ○
これはいけないと思うものに ×
をつけ、このほかに、もっとよい答えがあると思ったら
オの「      」の中に書き加えてください。


ア: 「水50ccと水50ccを加えると、100ccになる」というこが分かった。
イ: 「二つの入れ物に入った水を加えると、もとの水の体積を加えたものになる。」
   ということが分かった。
ウ: 「2つの入れ物に入った液体を加えると、もとの液体の体積を加えたものになる」
   ということが分かった。
エ: 「どんなものでも、2つのものを加えると、もとのものの体積を加えたものになる」
   ということが分かった。
オ: 「       」


以上です。



<解説>

読んでいただければわかるように
先日の、問題1の答え アと、今日の問題2の アは
実験結果そのものを表現したものです。

それに対し、問題1の イ、そして問題2の ウやエは、
その実験結果をぐっと広く一般化して答えたものです。

そして、問題1の ウ、 問題2の イは、
それらの中間的な答えです。



問題の解釈には、3つのタイプがありえることが分かります。

一つは、
その実験事実を(正しい限り)できるだけ一般化して
答えるべきであって、
実験事実そのものを答えるべきでない、という考え。

これを「一般化型」と呼ぶことにします。
この考えの先生は、問題1で言えば、イに◎、アに×をつけるでしょう。



二つ目は、
しかし、それとは、正反対に、
ただ1つの実験事実だけからそれを一般化して

「どんなものでも・・・・・・」とするのは
実験事実を重んじない考え方であると考え、
「科学教育ではできるだけ経験事実をこえて
独断におちいらないように、
実験事実に即した考え方を指導するのが正しい。」

とする考えです。
この考えを「経験主義型」と呼んでみます。
このタイプの先生なら、イに×、アに◎となります。



しかし、また、上のような考え方は、どちらも極端なものだと考え、
「実験事実をみたら、それを一度に一般化すると
あやまりに陥ることがあることに警戒させると共に、
実験結果を適度に一般化させるように指導しなければならない。」
という考える先生もいらっしゃるでしょう。
ウに◎をつけ、他を○、か、×をつけて答えた先生です。
「中庸型」とでも申しましょうか。


実は、これらは、
その人の科学観・教育観と深くかかわってくるのです。

さらに、タイプを分けると
「これはいけない考えだ」といずれかに ×をつけた先生を
「厳格型」
どれにも×をつけなかった人を「寛容型」
中間で迷ってしまって、無記入の「躊躇型」

という分け方もあります。


さらに、さらに、上記のどれにも属さない、独自に考えもあります。
これを「中立型」とよんでみます。

それを先ほどの、「経験主義型」「一般化型」「中庸型」
とでマトリックスを組むと、面白い事実が見えてきます。

何と、どの学校でも、
わずかな先生の数なのに、
ほとんどあらゆるタイプの科学観・教育観の持ち主がみられるということが
調査からわかっています。


ふつう、一般化型を多いようですが、
その半数近くは、経験主義型をとるようです。

また、厳格型も多いのですが、
これまたその半数近くが、寛容型をとります。


このように、今日の先生の科学観や教育観は、
まったくマチマチだというのが実態なのです。


つまり、このことは、子どもたちが、
どの教師に学ぶかによって、
全く正反対の教育方針によって教育されるということを
示しています。

あるクラスの子どもは、アのように答えて、ほめられ
他のクラスでは、同じ答えに、×をつけられるのです。



では、どう考えるのが、科学教育では適当なのでしょうか?
筆者の板倉聖宣先生は、どう考えておられるのでしょうか?

明日に続きます。
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